大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和44年(ネ)306号 判決 1972年9月07日

控訴人

西部電気工業株式会社

ほか一名

被控訴人

鮫島シカヱ(旧姓西村)

ほか二名

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

(一)  控訴人らは、各自、被控訴人鮫島シカヱに対し金四三六万一、五三八円、控訴人鮫島ゆかり、同鮫島克也に対し各五二八万七、二三八円および右各金員に対する昭和四一年五月三日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  被控訴人らのその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じこれを三分し、その一を被控訴人らの負担とし、その二を控訴人らの負担とする。

三  この判決は、被控訴人ら勝訴の部分にかぎり、被控訴人らが各控訴人に対しそれぞれ金五〇万円ずつの担保を供するときは、その控訴人に対して、仮りに執行することができる。

事実

控訴人ら代理人は、「原判決中、控訴人ら敗訴部分を取り消す。被控訴人らの各請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

一  控訴人ら代理人は、被控訴人らの主張に対し、次のとおり、反論(請求原因に対する認否の訂正を含む。)した。

(一)  責任原因について

1  控訴人西部電気工業株式会社(以下、控訴会社という。)所有の本件自動三輪車(以下、本件自動車という。)の運転は、訴外亡海重行(以下、訴外海という。)の泥棒運転である。

原判決は、本件自動車に、控訴人新井が従来雇つていた訴外佐藤忠洋、同矢富挙一が同乗していたこと、運行先が矢富の私用先であつたことからして、矢富の私用運転であるとの判断に立ち、控訴人らの帰責事由としているが、しかし矢富らが同乗した経過を見てみると、右矢富および佐藤の両名が訴外海に対して同乗を依頼したことは全くないこと、むしろ逆に矢富が佐藤に対して原田方面に私用があることを話していたのを訴外海が聞きつけ、みずから本件自動車のエンジンキーを無断で取り出し、矢富らに対して右自動車で行くことを一方的にすすめたこと、しかも矢富らはこれを断りつづけたけれども、訴外海は強引に同乗をすすめたこと、矢富じしんその私用を当日すませなければならない必要はなかつたことなどからすると、矢富は私用のために本件自動車を利用する目的も意欲も必要も全くなかつたものであり、たまたま矢富の言葉をきいた訴外海がみずから運転の欲望にかられ、これを満足させるために、右矢富の私用を利用して無断運転したものである。

しかもエンジンキーは、訴外海がみずから取り出して来たものであるが、右キーが保管されていた控訴人新井の飯場兼現地事務所の建物は戸締りもされていたうえ、外部には金網の塀も設置され、右キーは右事務所内の棚の上の企画表の下にかくして保管されていたものであり、以上の状況を総合すると、キーの保管については控訴人新井にはなんらの手落ちもなく、このような状況でキーを持ち出して運転に及んだのは、まさしく泥棒運転というべきである。

なお、訴外海と控訴人新井との間には、なんらの雇傭関係のないことは、原判決も認定するところであつてみれば、なおさらのことである。

2  仮りに、原判決判示のごとく、矢富の私用のために無断運転されたものであるとしても、本件では、控訴人らに対し運行供用者の責任を認めるにつき必要な三要件を欠いでいる。最高裁判所昭和三九年二月一一日判決(民集一八巻二号三一五頁)によると、運行供用者の責任として、(1)自動車の所有者と第三者との間に雇傭関係等密接な関係が存し、(2)自動車を日常運転させていた事実が存し、(3)キーの保管状況に過失があることの三要件を満たすことを要するとされているが、本件の場合、(1)の要件については、控訴会社と訴外海は勿論矢富や佐藤との間には雇傭関係等密接な関係はないこと、(2)の要件については、矢富および佐藤の両名は自動車運転免許を有せず、本件自動車のみならず、控訴人新井の事業場で使用するいかなる自動車も運転したことはなく、しかも訴外海において控訴人新井との間に雇傭関係等密接な関係はないところから、同訴外人が控訴人新井の事業場において使用される自動車を日常運転するようなことは全くありえなかつたこと、(3)の要件であるキーの保管状況については、前記のとおり控訴人新井には全く過失はなかつたことなどからして、本件の場合、前記三要件を欠いでいることは明白である。したがつて、控訴人らは運行供用者としての責任はない。

3  さらに、控訴会社は元請人であり、下請人である控訴人新井のもとで生じた事故について、元請人として責任を負うについては、元請人の指揮監督関係が下請人の被用者に対し直接間接に及んでいることが必要である(最高裁判所昭和三七年一二月一四日判決民集一六巻一二号二三六八頁)が、訴外海はもちろん矢富および佐藤に直接又は間接にも控訴会社の指揮監督関係が及んでいなかつたものであることは、次の事実から明らかである。

(1) 下請人である控訴人新井は昭和二三年ごろから新井組を結成し、通信土木および一般土木業に従事していたものである。本件の通信土木に関しては、昭和二五、六年以来続けて来たもので、工事内容は、マンホールを掘り、コンクリートで築造し、その間に鉄管を設置するという極めて単純なものである。したがつて、工事請負に前後して人夫を集めることでことが足り、請負契約も、代金および工期を含めて取りきめられ、その代金は控訴人新井が受け取り、従業員に対する賃金等は控訴人新井の計算で支払われていた。工事も、契約と同時に図面および仕様書を貰い、これにもとづいて、控訴人新井の指揮下に着工するものである。したがつて、控訴人新井を中心とする新井組は、その規模は小さいが、元請人とは独立した企業体としての実質をそなえているものである。

(2) 控訴人新井は、控訴会社の専属的下請ではない。そもそも、交通賠償にいう下請の専属とは何を意味するものであろうか。これは、結局、下請が元請に専ら従属することにより、下請が元請の一部門となつたり、あるいは、これに近い極めて密接な関係がある場合、元請と下請との間に仕事を通じての支配従属の関係を見出し、これにより、元請に対する帰責の一要素にすることにあると考えられる。ところで、控訴人新井は組を創立して以来、一般土木および通信土木に従事していたことは前記のとおりである。しかも、一般土木は大蔵組等の下請をしており、通信土木も四社の下請をしており、決して、控訴会社の専属的下請ではなかつた。

(3) 本件自動車は、控訴人新井が控訴会社からはじめて借りうけたものであるが、元来、控訴人新井は下請工事に必要な自動車は他から賃借していた。控訴会社から借りうけた本件自動車は、控訴人新井が飯場兼現地事務所として借りうけていた敷地内に鉄条網をはり、その中に保管していたものであり、ガソリン代はもちろん、修理代もすべて控訴人新井の負担とされ、賃料の約束もなかつたし、控訴会社は、元来、自動車の貸借を厳禁していたものであることからすれば、控訴会社には、右自動車の支配管理関係は全くない。

(4) 控訴会社は、通信土木工事を電電公社から請負い、控訴人新井に下請させていたのであるが、控訴人新井の工事については、電電公社との約束上、進捗状況の確認をするほかは一切指揮監督をしたことはない。また、工事の内容からしても、その必要性はなかつた。以上のとおり、控訴会社と控訴人新井との間には、元請人の下請人に対する直接間接の指揮監督関係は全くなかつた。

(二)  免責、および過失相殺について

1  本件事故は、訴外西村豊の一方的過失によるものである。なお、この点について、控訴人らは、原審において、本件事故が訴外海の過失によるものであるとの被控訴人ら主張事実(請求原因2(四))は知らないと陳述していたが、当審において、右主張事実は否認する、と改める。

本件事故においては、衝突した双方の自動車の運転手が即死したため、事故の模様は明らかでない。そこで、次のような間接事実から推認すべきである。

本件事故現場は、福岡方面から久留米方面に向かつて、半径約三〇〇メートルのカーブで右折しており(乙第一号証)、事故直後の訴外西村運転の普通乗用自動車(以下、西村車ともいう。)の位置および窓ガラスの飛散状況からすると、車体の一部が中央線を越えていたこと、右カーブを進行する自動車は遠心力によつて道路からはみ出ようとするので、これを防止し、遠心力に勝つために、道路の内側へ、すなわち中央線をこえて進行し、左カーブを進行する自動車も同様遠心力に勝つために道路の内側に寄つて来るので、道路の左端を進行すること、西村車と本件自動車との重量差が二分の一以下であつたこと(乙第一七号証、一八号証)、したがつて、西村車が衝突時に相当後方に飛ばされ、その一部が中央線を越えていたことが認められる。また訴外西村は、免許証も携帯せず飲酒運転をしていた。以上の諸事実を検討すると、本件事故は、西村が飲酒のうえ、右カーブの下り勾配を相当の速度で、しかも中央線を越えて走行した一方的過失にもとづくものであることが明らかである。

2  仮りに、訴外海になんらかの過失があるとしても、本件損害賠償額の算定にあたり、訴外西村の右過失は、当然斟酌さるべきであり、その過失割合は九割と見るのが相当である。

(三)  損害額の算定について

1  被控訴人シカヱは訴外西村の妻であり、その他の被控訴人らは訴外西村と被控訴人との間に生れた子である。ところで、被控訴人らが主張している逸失利益は、訴外西村が本件事故により死亡することがなかつたら自然死に至るであろうまでの間、被控訴人らと生涯を共にすることを前提としたものである。しかるに、被控訴人シカヱは、昭和四二年一二月五日以降訴外鮫島勉と再婚し、その他の被控訴人らもすべて右同日以降右訴外人と養子縁組を結び親子関係を形成している。そうであれば、被控訴人らは、訴外西村が自然死に至るであろうまでの間、訴外人と生涯を共にするという前提はなくなることとなり、したがつて再婚および養子縁組以降の喪失利益を認めるのは明らかに不当であるから、本件損害額を算定するにあたり、昭和四二年一二月五日以降の喪失利益は当然減額さるべきである。

2  右逸失利益を算定するにあたつては、相当所得税額を控除すべきものと考える。現行税制のもとでは、一定の収入があればそれに対応した一定率の所得税等が賦課されるものであるから、将来の一定時期における労働による収入を前提として賠償額を決めるかぎり、その者に対する所得税等の賦課も当然に予想すべきである。したがつて、生命侵害により、将来の見込収入を喪失したとして損害を認定する場合には、右予想税額の負担を免れることを利得として損益相殺するのが損害賠償制度を指導する公平の理念に適うものと考える。特に本件においては、訴外西村の逸失利益は高額であることをも勘案すると、同利益から所得税額等を控除する必要性はより重要となる。そこで、原審が認定した逸失利益に所得税法八九条一項の税率を乗じてその税額を計算すると、別表(一)記載のとおりとなり、原審の認定した逸失利益は、別表(二)記載のとおり改められなければならない。

二  被控訴人ら代理人は、控訴人らの右主張事実中、被控訴人シカヱが昭和四二年一二月五日訴外鮫島勉と再婚し、被控訴人ゆかり、同克也が右同日右訴外人と養子縁組を結び親子関係を形成するに至つたことは認めるが、その余の事実は全部否認する。とのべた。

三  証拠関係〔略〕

理由

一  本件事故の発生

昭和四一年五月二日午後一〇時三〇分ごろ、福岡県筑紫郡筑紫野町五〇三番地先国道三号線道路上を、訴外海が本件自動車を運転して、原田方面から二日市方面に向けて進行していたこと、訴外西村が死亡したことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、前記日時ごろ、前記場所において、訴外海運転の本件自動車と、折柄対向して来た訴外西村運転の普通乗用自動車とが衝突し(本件事故)、そのため、訴外西村は脳挫傷により即死するとともに、訴外海も即死したことを認めることができ、反対の証拠はない。

二  控訴人らの責任

この点に関する事実の認定およびこれにともなう判断は、次のとおり訂正、付加するほか、原判決がその理由二に説示するところと同一であるから、その記載(原判決八枚目裏末行目から同一一枚目裏一〇行目まで)を、ここに引用する。

(一)  原判決九枚目裏九行目から同一一枚目裏七行目までの全文を、次のように改める。

「しかしながら、いずれも成立に争いがない乙第二ないし第四号証、原審における被告新井貫一本人尋問の結果(第一回)によりいずれも真正に成立したものと認められる乙第七号証の一ないし一八、原審証人佐藤忠洋、原審および当審証人山崎剛、当審証人村上義弘(後記措信しない部分をのぞく。)、同倉原義友の各証言、原審における被告新井貫一本人尋問の結果(第一、二回)を総合すると、(1)被告会社は、電電公社から二日市局新加入者増設工事を請負い、右工事のうち、電話線ケーブル埋設のためのマンホール築造および各マンホール間をつなぐ鋼管敷設工事ならびに右工事にともなう残土搬出についてはさらに被告新井に請け負わせ(下請)、被告新井は昭和四一年四月中旬ごろから右下請工事に着工していたこと、(2)被告新井は、昭和二七年ごろから引き続き被告会社の下請をして来たものであり、本件事故が発生した昭和四一年五月二日当時は、被告会社の下請工事のみをその業とし、被告会社の専属下請人的関係にあつたため、被告会社と被告新井との間には業務上かなり密接な関係があり、被告新井は被告会社を「本社」とよび、前記「二日市局新加入者増設工事」の下請工事施工のため、福岡県筑紫郡筑紫野町塔厚に「西部電気工事事務所」の名称で飯場兼現地事務所を設けたうえ、右工事に従事する被用者を同所に居住させ、また被告新井が施工する右工事の工事現場には、被告会社の現場員橋本栄市が専属的に毎日何回となく巡回して直接その指示監督をしていたこと、(3)被告新井は、その下請工事の一部である残土搬出のため、他からダンプカー二台を賃借してその運搬にあたつていたところ、その一台が故障したため、工期に間に合うよう、同月二八日、被告会社から貸与期間一週間の約束で無償でその車体に被告会社の社名が表示されていた本件自動車(自動三輪ダンプ)を借りうけ、被用者である訴外山崎剛にこれを運転させて右残土搬出など被告会社からの右下請工事のみにこれを使用し、右山崎は、右自動車の保管責任者として、就業時間外には、これを前記飯場兼現地事務所敷地内の空地に入れて保管するとともに、そのエンジンキーはみずからこれを携帯して保管していたところ、本件事故が発生した昭和四一年五月二日の夜、右キーを右飯場兼現地事務所内の棚の上に置いて外出していた際、同飯場兼現地事務所に居住していた被告新井の被用者である訴外矢富挙一の遊び友達である訴外海が右飯場兼現地事務所に遊びに来て、右矢富および同様同所に居住していた被告新井の被用者である訴外佐藤忠洋らと雑談中、矢富が国鉄原田駅前の友人のところまで借金をかえさねばならない用事があつたところから(なお、同日は、被告新井の給料支給日であつた。)、これを知つた訴外海は、右飯場兼現地事務所内の棚の上においてあつた本件自動車のエンジンキーを簡単に発見して取り出してきたうえ、自分が運転してやるから本件自動車に乗つて行こうといい、矢富および佐藤はいずれも自動車の運転ができなかつたので、結局、矢富がその私用のため訴外海にその運転を依頼し、同日午後九時五〇分ごろ、被告新井および前記山崎には無断で、同飯場兼現地事務所敷地内に置いてあつた本件自動車を訴外海が運転し、佐藤および矢富がこれに同乗して、同所から約六キロメートル先にある国鉄原田駅前に向けて出発し、同駅前の矢富の知人方でその用事をすませてその帰途の途中、同日午後一〇時三〇分ごろ、前記場所において、対向して進行して来た訴外西村運転の普通乗用自動車と激突して本件事故が発生したものであることを認めることができ、〔証拠略〕中、以上の認定事実に反する部分はいずれも前掲各証拠と対照して信用できず、他に右認定を覆すにたる証拠はない。

以上の事実によると、訴外海は被告新井の被用者ではなく、同人との間には雇傭関係など密接な関係はなく、また本件自動車は、その保管責任者の承諾なく矢富の私用のために無断使用されたものであるが、右運転は、被告新井の被用者で右自動車が保管されていた同被告の飯場兼現地事務所内に居住していた矢富の私用のため、同訴外人の依頼により、かつ同人の了解のもとに、訴外海が同飯場兼現地事務所内にあつたエンジンキーを簡単に持ち出し、これにより同飯場兼現地事務所敷地内の空地に置いてあつた本件自動車をみづから運転し、右矢富および同じく被告新井の被用者である佐藤を同乗させ、同所から約六キロメートル先にある矢富の所用先までの間をただ往復する予定で一時無断運転したものであることが明らかであるのみならず、訴外海が前記のように簡単にエンジンキーを持ち出したうえ、本件自動車を乗り出した事実にてらすと、被告新井の本件自動車に対する保管状況もさほど厳格なものではなかつたことを推認するにかたくなく、以上のような本件諸般の事実関係に即して考えると、訴外海の本件自動車の無断乗出行為によつては、まだ右自動車に対する被告新井の前記運行支配は喪失されていなかつたとみるのが相当である。そして、前認定のごとく、被告会社と被告新井とは密接な関係があり、本件自動車も、結局、被告新井が下請していた被告会社の請負工事の工期をおくらせないために、被告会社から一週間という期限を切つて被告新井に貸与され、被告新井は、右自動車を、被告会社からの本件下請工事のみに使用していたものであることなど、前記諸般の事情をあわせ考えると、右貸与によつて被告会社の本件自動車に対する運行支配が失われたとみることはとうていできない。

(二)  控訴人らは、訴外海の本件自動車の乗出しは、いわゆる泥棒運転であるから、これにより控訴人らの右自動車に対する運行支配は失われたと主張するが、前記認定の事実によると訴外海は、控訴人新井の被用者で同控訴人の飯場兼現地事務所に居住していた矢富の私用のため、同人の依頼により、かつ同訴外人の了解のもとに、片道約六キロメートルの間を往復したのちはこれを返還する予定で、右矢富および同じく控訴人の被用者である佐藤を同乗させて一時無断借用運転したものであることが明らかであるから、たとえ右乗出しが、保管責任者である控訴人新井および山崎剛の承諾を得ないものであつたとしても、これを泥棒運転と断ずることはできない。

また、控訴人ら引用の最高裁判所昭和三九年二月一一日判決は、要するに、自賠法三条の「自己のため自動車を運行の用に供する者」にあたるかどうかを定めるについては、具体的個別的な場合における当事者の主観によることなく、客観的な行為の外形により、抽象的一般的に自動車の運行支配または運行利益を享受する地位にあるかどうかによつてこれを決すべきであるとの、いわゆる外形標準説を前提にし、具体的な客観的事実に即して運行供用者にあたる場合の事例を示したものであり、必らずしも、控訴人ら主張のごとき三要件がなければ、運行供用者の認定ができないとするものではないことは、その判文に徴し明らかである。しかるところ、本件の場合、右判例が採用した外形標準説に準拠し、具体的な客観的事実に即して考えるとき、控訴人らが運行供用者としての責任を免れがたいこと、前説示のとおりである。したがつて、右判例を前提とする控訴人らの主張は失当であるといわなければならない。

また、控訴人ら引用の最高裁判所昭和三七年一二月一四日判決は、民法七〇九条の使用者責任に関するものであり、本件で控訴人らの責任の根拠とされている自賠法三条所定の運行供用者責任に関するものではないから、本件には適切ではない。その他の控訴人ら主張は、いずれも、前記認定に反するかあるいはそわない事実を前提とするものであり、いずれも採用できない。

三  控訴人らの免責の主張について

控訴人らは、本件事故は、普通乗用自動車を運転していた訴外西村が飲酒運転しかつ右カーブの下り勾配を中央線を越えて相当の速度で進行した一方的過失にもとづいて発生したものであると主張する。

よつて、右主張について検討するに、本件全立証によつても、右主張事実を認めるにたる証拠はない。尤も、原審における控訴人新井貫一本人尋問(第一回)中には「西村が飲んでいたとか、スピードが出とつたとかいうことを聞いたことがある。」旨の供述部分があるが、右供述じたい確実性に乏しい伝聞証拠であるからただちに信用できず、また訴外西村が中央線を越えたという主張も、その進行方向が右カーブであつたので、左様な右カーブを進行する自動車は遠心力によつて道路からはみ出さないようにするため、道路の内側へ、すなわち中央線を越えて進行するという極めて抽象的な見解を主要な前提とするものであるのみならず、〔証拠略〕によつても衝突時の両車の正確な関係位置を認定することはできない。他に控訴人らの右主張を認めて、本件事故が訴外西村の過失によつて生じたものであることを肯認しうる証拠はない。したがつて、控訴人らの右主張は採用できない。

四  損害

控訴人らが各自被控訴人らに賠償すべき損害額は、被控訴人シカヱにつき四三六万一、五三八円、被控訴人ゆかり、同克也に対しては各五二八万七、二三八円であると認定するが、その理由は、次のとおり訂正および付加するほか、この点に関する原判決理由三の説示と同一であるから、その記載(原判決一一枚目裏一一行目から同一五枚目表七行目まで)をここに引用する。

(一)  原判決一三枚目表七行目から同一四枚目表五行目までの全文を、次のように改める。

「右認定事実によると、訴外西村の本件事故当時における収入は年額合計二〇八万六、八二〇円であつたというべきところ、〔証拠略〕によれば、訴外西村は、昭和七年八月三日生れで、本件事故当時は、満三三才の健康体の男子であり、本件事故にあわなければ、その後七年間(満四〇才まで)は前認定と同額の収入をあげることができたが、八年目(満四一才)以降は、肉体的機能の低下のため競馬騎手としての稼働ができなくなるので、右競馬騎手としての収入すなわち前認定の競馬騎手兼競走馬の管理者(調教師)としての収入合計額二〇八万六、八二〇円の五分に相当する一〇万四、三四一円だけ減収となり、その収入額は年額合計一九八万二、四七九円となることが認められ、また訴外西村がその収入を得るに必要な再生産の費用を含む同人個人の生活費は、競馬騎手としての稼働が可能である本件事故当時から七年間はその収入の五割、右競馬騎手として稼働ができなくなり、専ら競走馬の管理者(調教師)として稼働するようになる本件事故後八年目以降はその収入の四・五割を越えないものと認めるのが相当であるから、前記収入から右生活費を控除した純収入を算出すると、別表(三)記載のとおり本件事故後七年目までは毎年一〇四万三、四一〇円あて、同八年目以降被控訴人ら主張の一七年目(満五〇才)までは毎年一〇九万〇、三六三円あてとなることは、計算上明らかである。よつてその一七年間の純収入の本件事故当時の現在価額を、ホフマン式計算法により、年五分の中間利息を控除して計算すると、その合計額は別表(三)記載のとおり合計一、二八六万一、七一五円となる。」

(二)  原判決一四枚目表一〇行目から一一行目にかけ「金六一七万五、三五〇円」とあるのを「金四二八万七、二三八円」と改め、同一五枚目表七行目の「右認定を覆えすべき証拠はない。」の次に「そして、右各費用は、その額その他前認定の本件諸般の事情に徴し、社会通念上不相当な支出とは解されず、遺族の負担した右交通費および葬式費用は、それが特に不相当なものでないかぎり、人の死亡事故によつて生じた必要的出費として、加害者側の賠償すべき損害と解するのが相当である。」を加える。

(三)  控訴人らは、過失相殺を主張するけれども、訴外西村に過失があつたことを認めるべき証拠のないことは前記説示のとおりである。

控訴人らは、被控訴人シカヱは昭和四二年一二月五日訴外鮫島勉と再婚し、被控訴人ゆかりおよび同克也も右同日右訴外人と養子縁組を結び親子関係を形成したから、本件損害額を算定するにあたり、右再婚および養子縁組の日以降の喪失利益は当然右損害から減額すべきであると主張し、被控訴人らが、それぞれ控訴人ら主張のとおりに、訴外鮫島勉と再婚あるいは養子縁組をしたことは当事者間に争いがないけれども、訴外西村に対しその逸失利益の賠償として填補されるべき損害は、同訴外人個人の死亡による稼働能力の喪失のため、将来生存していたら取得すべかりし収益を喪失したことによる損害であり、右損害じたい被控訴人らじしんの後発的事情とはなんら関係のないものであるから、右損害の算定にあたり、被控訴人らの前記身分の変更を顧慮する必要のないことはいうまでもない。

つて、控訴人らの右主張は理由がない。

また、控訴人らは、訴外西村の逸失利益を算定するにあたつては、相当所得税額を控除すべきであると主張するが、得べかりし利益の喪失による損害の算定に際して、所得税を控除するのは相当でないと解すべきである(最高裁判所昭和四四年(オ)第八八二号同四五年七月二四日第二小法廷判決民集二四巻七号一、一七七頁参照)から、控訴人らの右主張は採用できない。

五  結論

以上のとおりであるから、被控訴人らの本訴請求は、控訴人らに対し、被控訴人は金四三六万一、五三八円、被控訴人ゆかり、同克也は各金五二八万七、二三八円および右各金員に対する本件事故発生の日の翌日である昭和四一年五月三日から各支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の各自支払いを求める限度において正当として認容し、その余は失当として棄却すべきである。

よつて、右判断と一部符合しない原判決を変更することとし民訴法九六条、九二条、九三条、一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松村利智 中池利男 白川芳澄)

別表(一) 訴外西村豊の所得税額計算表

<省略>

別表(二) 訴外西村豊の逸失利益計算表

<省略>

別表(三) 訴外西村豊の逸失利益計算表

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例